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東京地方裁判所 昭和61年(レ)98号 判決 1990年2月27日

控訴人 加藤吉之助

<ほか一名>

右両名訴訟代理人弁護士 藤田謹也

右同 柳原控七郎

被控訴人 矢作眞次

右訴訟代理人弁護士 岡田康男

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  控訴人らが、別紙物件目録四2記載の土地について、通行権を有することを確認する。

2  被控訴人は、控訴人らに対し、右土地上に設置した長さ約六メートル、高さ約一・六メートルのブロック塀を収去せよ。

3  被控訴人は、控訴人らに対し、右土地上に控訴人らの通行の妨げとなる一切の工作物その他の物を設置してはならない。

二  訴訟費用は、第一、二審を通じ、被控訴人の負担とする。

三  この判決は、一項2に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一申立て

1  控訴人ら

主文と同旨。

2  被控訴人

(一)  本件控訴を棄却する。

(二)  控訴費用は控訴人らの負担とする。

第二事案の概要

一  争いのない事実

分離前の相被控訴人猪股力(以下「猪股」という。)は別紙物件目録一1記載の土地を、控訴人加藤は同目録二記載の土地を、控訴人清水は同目録三記載の土地を、被控訴人は同目録四1記載の土地をそれぞれ所有し(以下、順に「甲地」、「乙地」、「丙地」、「丁地」という。)、いずれも各土地上の所有建物に居住しているところ、各土地・建物の大まかな位置関係は別紙図面(二)のとおりであって、控訴人らは、別紙図面(一)表示の、、、、の各点を順次直線で結んだ範囲の土地部分(以下「本件通路」という。)を公道に出るための通路として無償で利用していたが、被控訴人は、昭和五八年一二月、本件通路のうち別紙物件目録四2記載の土地(以下「本件土地」という。)の上に長さ約六メートル、高さ約一・六メートルのブロック塀(以下「本件ブロック塀」という。)を設置した。

なお、控訴人らが本件訴えを提起した昭和五九年当時、本件通路のうち別紙物件目録一2記載の土地上には猪股の植えた樹木があり、控訴人らは猪股に対しても通行権の確認と右樹木の収去を求めていたが、当審において昭和六三年二月、控訴人らと猪股との間に、猪股が、同土地について控訴人らが通行権を有することを認め、通行の妨げとなる物を設置しないことを約束する旨の裁判上の和解が成立した。

二  控訴人らの主張

1  通行地役権の設定契約

(一) (控訴人加藤)

昭和四八年一〇月ころ、控訴人加藤とともに乙地の共有者であった同人の母加藤キミ(以下「キミ」という。)は、乙地上の建物を建て直すに際して、被控訴人に対し、猪股が甲地の東側部分にあった通路を廃止するので、従前東側にあった右建物の玄関を西側(本件通路側)に移し、本件土地を通路として使用したい旨申し出たところ、被控訴人はこれを承諾し、もって、キミと被控訴人との間に、乙地を要役地とし、本件土地を承役地とする通行地役権設定契約が成立した。

仮に、右明示の契約が認められないとしても、被控訴人は、その後本件ブロック塀の設置に至るまでの間、キミや控訴人加藤が本件土地を公道に達する唯一の通路として通行することについて何ら異議を述べていないのであるから、右通行地役権設定の申込みにつき黙示の承諾をしたというべきである。

(二) (控訴人清水)

控訴人清水は、昭和四八年四月九日、丙地を取得して同土地上の建物に入居し、それ以降本件土地を公道に達する唯一の通路として利用していたが、被控訴人は、本件ブロック塀の設置に至るまでの間、右利用に対し何ら異議を述べたことはない。しかも、控訴人清水は、昭和四九年から昭和五三年にかけて、被控訴人の申出に応じて本件通路上にあった井戸の撤去費用、本件通路への砂利敷設費用等を負担した。これらの事情によれば、控訴人清水と被控訴人との間には、丙地を要役地とし、本件土地を承役地とする通行地役権設定契約が黙示的に成立したというべきである。

2  通行地役権の時効取得

(一) (控訴人加藤)

控訴人加藤の父加藤正吉は、昭和二五年八月一五日に乙地の払下げを受けて以来、同土地上の建物に居住し、キミや控訴人加藤とともに本件土地を生活通路として補修、管理を行いつつ利用してきたものであり、本件土地の通行地役権を有すると信じるにつき過失はなかった。よって、加藤正吉は昭和三五年八月一五日の経過をもって本件土地の通行地役権を時効取得し、同人が昭和四三年八月一六日死亡したため、控訴人加藤は、相続により、キミとともに右通行地役権を取得した。

仮に、取得時効の起算点をキミが乙地上の建物を建て直し、玄関を本件土地側に移した昭和四八年一〇月ころに求めるとしても、キミ(昭和五四年五月七日死亡)を相続した控訴人加藤は、その一〇年後の昭和五八年一〇月末日の経過により本件土地の通行地役権を時効取得した。

(二) (控訴人清水)

控訴人清水は、昭和四八年四月九日、丙地を買い受けて同土地上の建物に入居して以来、本件土地を生活通路として補修、管理を行いつつ利用してきたものであり、本件土地の通行地役権を有すると信じるにつき過失はなかった。よって、同人は昭和五八年四月九日の経過をもって本件土地の通行地役権を時効取得した。

3  囲繞地通行権

控訴人らの所有する乙地及び丙地からは被控訴人所有の本件土地を通行しなければ公道に達することができず、しかも、本件土地全体を通路として使用することが、袋地所有者たる控訴人らのために必要にして、かつ、囲繞地にとって最も損害の少ない方法であるから、控訴人らは、本件土地につき囲繞地通行権を有する。

なお、袋地から公道に通ずる既存の通路が存在する場合、その存在を前提として積み上げられた袋地所有者の既得権的な生活利益(拡張された袋地所有権の存在)を無視することは社会通念に反する。したがって、通路敷を含む囲繞地の所有者が既存の通路を縮小するには、袋地所有者の「通行の必要性」を上回るだけの「通路敷使用の必要性」がなければならず、新たな通路開設や既存通路拡張のケースにおいて、袋地所有者が囲繞地所有者の被る「妨害物除去等の不利益」を上回るだけの「通行の必要性」を要求されるのとは異なると解すべきである。この点、本件は、本件通路全体(幅員約一・七メートル)が戦前、戦後を通じて乙地及び丙地のための既存の通路として継続的に使用されていたケースであり、被控訴人には、本件通路の幅員を縮小してまで本件ブロック塀を設置しなければならないような必要性は何ら存在しない。

4  よって、控訴人らは、被控訴人に対し、控訴人らが本件土地の通行権を有することの確認を求めるとともに、右通行権に基づき、本件ブロック塀の収去及び本件土地の通行妨害禁止を求める。

三  被控訴人の反論

1  通行地役権の設定契約に対して

(一) 控訴人らの二1の主張は、時機に遅れた攻撃防御方法として却下を求める。

(二) 被控訴人がキミに対して本件土地の通行を認めたことはない。

仮に、本件土地を通路として使用することを承諾した事実があったとしても、対価が定められなかったことからもわかるように、右承諾は、被控訴人が社交的ないし情宜的に本件土地の通行を許したというにとどまるものであり、地役権を設定する意思は全くなかった。

しかも、キミは、昭和四八年ころ乙地上の建物を改築し玄関を本件通路側に移すに際し、同じ時期に甲地上の建物を建て直した猪股とともに、被控訴人に対し、キミ宅の玄関を本件通路側に移すかわりに双方の建物を東側に五〇センチメートルほどセットバックして建てると約束したのであり、このため被控訴人は、右セットバックを条件として好意的に本件土地の通行を認めたにすぎない。しかるに、控訴人加藤及び猪股は、右条件を守らず、従前と同じ位置に建物を建てた。

(三) 通行地役権は、物権として承役地所有者に多大な負担を課すものであるから、黙示の通行権設定契約が成立したというためには、単に通行の事実があり、これを通路の所有者が黙認しているのみでは足りず、更に、右所有者が地役権を設定し、法律上の義務を負担することが客観的にみても合理性があると考えられるような特別の事情を要すると解すべきである。

しかし、本件においてかかる特別の事情はなく、被控訴人は好意で控訴人らの本件土地通行に異議を述べなかったにすぎないから、黙示の地役権設定も認められない。

2  地役権の時効取得に対して

(一) 控訴人らの二2の主張は、時機に遅れた攻撃防御方法として却下を求める。

(二) 控訴人らがその主張する時期から本件土地を通路として利用していた点は認めるが、通行地役権を時効取得するには、要役地所有者自身が通路を開設することが必要であるところ、本件土地は控訴人らが使用し始める前から通路となっていたのであって、控訴人らによって開設されたものではない。

(三) 仮に、控訴人らによる井戸の取壊し費用等の負担を通路の開設行為とみうるとしても、本件ブロック塀の設置により、控訴人らの取得時効は中断された。

3  囲繞地通行権の存在範囲について

(一) 囲繞地通行権は、袋地所有者がその袋地を利用するのに必要最小限の幅員、つまり、人が通行できる程度の幅員については常に成立するが、それ以上の幅員について成立するためには厳格な要件が必要であり、単に袋地所有者の主観的必要性だけではなく、従来の袋地及び囲繞地双方の利用目的や利用状況、社会経済的必要性の有無、関係者の利害得失・合意の有無などを考慮したうえで客観的に判断されなければならない。そして、この問題は袋地所有者と囲繞地所有者との間の実質的利益調整の問題であるから、新たな通路開設の場合であろうと既存通路縮小の場合であろうと基本的に異なるところはない(既存通路の存在は実質的利益衡量の一要素にすぎない。)はずであり、控訴人らの主張は、囲繞地所有者の利益を無視し、一方的に袋地所有者の利益を偏重する不合理なものである。

本件通路の幅員は、本件ブロック塀設置後、従前の約一・七一メートルから約一・三一メートルとなったが、もともと控訴人ら乙地及び丙地の所有者は、本件通路を自動車で利用したことはなく、徒歩ないし自転車で利用していたにすぎず、右幅員は、徒歩による通行はもちろん、大人二人並んでの歩行、傘をさしての通行、自転車による通行のいずれにも支障はなく、大きな荷物の運搬も十分可能であるから、本件ブロック塀設置によっても控訴人らの生活には何らの不都合も生じていない。また、控訴人ら所有の乙地及び丙地を含めると本件通路の奥行きは最大約一二メートルあるから、災害時の避難、消火活動にも支障はないし、本件通路周辺は木造家屋の密集地であり、幅員一・三メートル程度の私道は珍しくない。

したがって、控訴人らの囲繞地通行権は、本件土地のうち本件ブロック塀の東側部分に限定して認められるというべきである。

(二) 仮に、既存通路の幅員縮小には囲繞地所有者側の必要性が袋地所有者側の必要性に勝っていなければならないとしても、以下の諸事情を考慮すれば、被控訴人には本件ブロック塀を設置する強い必要性があったのに対し、控訴人らの通行のために従前の約一・七一メートルの幅員を維持する必要性は相対的に乏しかったといわざるをえない。

(1) 乙地上の建物の玄関は昭和四八年の同建物改築まで東側にあり、控訴人加藤は、それまで主に猪股宅の東側の土地を通路として使用していたのであって、本件土地を通る必要性が生じたのは、甲地を有効に使いたいという猪股の一方的都合で東側の通路部分が閉鎖された結果にすぎない。また、丙地は、西側の通路によって公道に達しており、袋地ではなかったにもかかわらず、控訴人清水以前の丙地所有者が右通路を遮断する塀を設置したもので、丙地所有者自らが同土地を袋地にしたにすぎない。

(2) 昭和四八年ないし昭和五〇年ころから、猪股が本件通路に樹木を植え、あるいは鉢植木を置くなどしたため、本件通路のうち実質的に通行可能な部分の幅は、約一・〇一ないし一・二一メートルほどしかなかった。ところが、本件ブロック塀の設置後、猪股が控訴人らとの間の和解成立により右植木等を除去したため、本件通路の実質的な幅員はなお約一・三一メートルを保っており、控訴人らにとって不利益は生じていない。

(3) 本件通路付近の地価は、一坪当たり約三〇〇万円であり、被控訴人が通路に供していた本件土地約一・五坪は四五〇万円もの価値を有するにもかかわらず、被控訴人はこれまで、控訴人らから通行の対価を受けたことはない。

(4) 昭和五五年ころから現在までの間、被控訴人方で覗きや盗難事件等があったほか、付近でも婦女暴行や居直り強盗が発生するなど、被控訴人には、自己及び家族の生命、身体、財産に対する侵害を予防する現実かつ緊急の必要があり、かかる防犯上の目的から本件ブロック塀を設置したのであって、設置について、控訴人らはいったん承諾した。

4  権利の濫用

仮に、本件土地について控訴人らに通行地役権ないし囲繞地通行権があるとしても、右1(二)及び3で述べた諸事情に照らせば、既に設置を終えた本件ブロック塀の収去を求める控訴人らの本訴請求は、信義に反し、権利を濫用するものであって許されない。

第三争点に対する判断

一  控訴人らの主張1は時機に遅れた攻撃防御方法にあたるか。

被控訴人は、控訴人らの主張のうち通行地役権の設定契約について、時機に遅れた攻撃防御方法にあたるとして却下を求めているが、原審訴訟記録によれば、控訴人らの右主張は、昭和六〇年九月二六日の原審第六回口頭弁論期日において主張されたものであって、この主張を審理することにより、訴訟の完結が遅延するとみられる事情は何らうかがえないから、被控訴人の右申立ては採用しない。

二  控訴人らは本件土地について通行権を有するか。

1(一)  甲地・乙地・丙地及び丁地の各土地はもともと国の所有地であり、戦前からこれらの土地上には、甲地及び乙地にまたがる二軒長屋と丙地及び丁地にまたがる二軒長屋が約二メートルの間隔をおいて並んで建っていて、本件通路はちょうどこの二軒長屋に挟まれた部分に当たり、その北側は東西に走る道路になっていた。また、甲地及び乙地にまたがる二軒長屋とその東隣の建物の間にも約二メートルの間隔があって、右二棟の二軒長屋四戸の玄関はいずれも東側に面していたため、これらの建物と建物に挟まれた約二メートル幅のスペースはどちらも、各戸の玄関から北側の道路に通ずる通路状の形をしており、実際に、各戸の居住者によって北側の道路に出るための通路として利用されていた。

しかも、本件通路の北東隅付近には右四戸の共同井戸があり、四戸の居住者全員がその井戸水を生活用水に使用していたため、右二棟の二軒長屋に挟まれたスペースのうち本件通路部分は、丙地及び丁地の居住者はもとより、甲地及び乙地の居住者にも生活用の通路として利用されており、また、乙地上の建物には西側に裏口があって、そこから本件通路側に出られるようになっていた。

(二) 右四戸のうち、甲地上の一軒には猪股が、乙地上の一軒には控訴人加藤の先代が、丙地上の一軒には中谷正夫が、丁地上の一軒には被控訴人がそれぞれ居住していた。昭和二五年から昭和二六年にかけて、これらの土地は、建物と建物の間の通路敷の部分も含めて右四筆に分割され、国からそれぞれの居住者に対し、各土地上の建物とともに払い下げられた。この結果、本件通路の大部分は甲地又は丁地の一部となって猪股又は被控訴人の所有に帰属することになったが、建物の位置関係や井戸の使用状況等に変化はなく、控訴人加藤の先代ら乙地及び丙地の居住者は、その後も、払下げ前と全く同様に本件通路を通路として利用し続けてきた。

なお、払下げにより、甲地、乙地及び丁地は、いずれも周囲を他人の所有地に囲まれるようになったが、甲地及び丁地の北側部分は前記の東西に走る道路の一部を構成し、この私道は、東西の両端で公道に通じていて、昭和二六年ころ建築基準法上の幅員四メートルの道路と認定され(以下、「北側指定道路」という。)、現在に至っている。これに対し、乙地及び丙地とその南側隣接地との間には払下げ以前から約三〇センチメートルないし一メートルほどの高低差があって、公道への通路はなく、また、乙地の東側隣接地上にも公道へ出る通路はなかった。他方、丙地は、西方向に延びる幅一メートルほどの通路によっても公道に通じており、丙地上の建物には西側に裏口があってこの通路に出ることも可能だったため、丙地の居住者は、本件通路とともにこの通路をも利用していた。

(三) 昭和四二年ころになって右四戸全部に水道が引かれたため、井戸を利用する頻度は大幅に減ったものの、なお乙地及び丙地上の居住者(加藤正吉は昭和四三年八月に死亡し、以降乙地はキミと控訴人加藤の共有になった。)は、井戸を利用したり、あるいは北側指定道路に出るための通路として本件通路を利用し続けた。この状況は、控訴人清水が昭和四八年四月に丙地及びその地上建物を取得して入居した後も同様であったが、控訴人清水以前の丙地所有者が丙地の西側境界線に沿ってブロック塀を設置し、遅くとも控訴人清水の入居した右時期以降、丙地から西側の通路を通って公道に出ることはできなくなったため、とくに丙地の居住者にとっては、本件通路が公道に通ずる唯一の通路となった。

(四) 被控訴人は、昭和四七年ころ、丁地上の自宅を改築したが、その際、建物の西側側面を丁地の境界線いっぱいに、その東側側面をそれまでより約三〇センチメートルほど甲地寄りにそれぞれ広げて建てたため、甲地上の猪股宅との間隔は、本件通路の幅員(約一・七一メートル)と同じくらいに狭まった。

次いで、昭和四八年秋ころ、キミは、猪股からの提案により、甲地及び乙地上の二軒長屋を猪股と同時に改築して二軒を分離することにした。この改築に際し、甲地の東と西と北の三方を道路ないし通路敷として割かれていた猪股は、甲地を有効に利用すべく、建物を甲地の東側境界線いっぱいに建てる計画でいた。このため、キミ及び被控訴人を交えた三者間で話合いがもたれ、猪股が、建物を東側に広げて東側の通路部分を閉鎖するかわりに、建物の西側側面を東寄りへ引っ込め、本件通路に提供する部分を増やすと申し出た(もっとも、どの程度引っ込めるといった具体的な話はなかった。)ことから、キミは、玄関を西側に設けて乙地上の建物を新築し、新築後は本件通路を公道への唯一の通路として利用することとし、被控訴人もそのことを了承した。

ところが、猪股は、建物を東側に広げて新築し、東側の通路を塞いだにもかかわらず、右約束に反して西側側面は東へ引っ込めず、従前とほぼ同じ位置に新築したため、猪股宅と被控訴人宅との間隔にはほとんど変化がなく、本件通路の幅員が残るだけとなった。

(五) こうして、本件通路は、昭和四九年以降、控訴人らにとって公道に出るための唯一の通路として、日常生活に不可欠の存在となったが、その後も被控訴人は、控訴人らが本件通路を通ることにつき異議を唱えることはなかった。それどころか、昭和四九年ころ、控訴人清水が被控訴人の許可を得て本件通路の中央付近に敷石を敷いたのを始め、昭和五二年ころには、必要性の乏しくなっていた本件通路上の共同井戸を壊し、コンクリートの蓋をした際、被控訴人のほか、控訴人らもその費用の一部を負担した。また、控訴人らは、昭和五三年ころ、被控訴人が本件通路に砂利を敷くのに要した費用の一部を被控訴人とともに負担したほか、昭和五四年ころ、井戸を塞いだ前記コンクリートの蓋が壊れた際には、控訴人清水が被控訴人とともにその費用の一部を負担した。もっとも、本件土地付近の地価は、現在一坪当たり約三〇〇万円もの高額に上っているものの、キミ(昭和五四年五月死亡)や控訴人らは、現在に至るまで、本件土地通行の対価を被控訴人に支払ったことはない。

以上の事実に対し、猪股は、原審において、建物を従前より東側に引っ込めて建てるといった約束はしていない旨供述しているが、《証拠省略》に照らして信用できない。

また、被控訴人は、当審において、昭和四八年の約束では乙地上の控訴人加藤宅も東側に引いて新築することになっていた旨、また本件通路への砂利敷設に費用はかからなかった旨それぞれ供述しているが、これらは、控訴人加藤が建物を引っ込めて建てるかどうかには関心がなかった旨の、また砂利敷設については記憶がない旨の原審における各供述と矛盾するうえ、《証拠省略》に照らして採用できない。

2(一)  右認定の事実に基づいて考えると、控訴人らと被控訴人との間で明示の意思表示による通行地役権の設定契約がなされたものと認めることはできない。

(二) しかしながら、本件通路は、払下げにより甲地と丁地とに分割され猪股及び被控訴人に帰属する以前から、南接する乙地ないし丙地上の居宅から北側指定道路に出るための通路として、長期間にわたり継続的に利用されてきたもので、この状態は、払下げ後本件ブロック塀が設置されるまで続き、その範囲も建物と建物に挟まれた部分として他から明確に区別されていた。そして、払下げに際しては、本件通路と建物の敷地部分とが別々に分筆譲渡されこそしなかったものの、各土地建物の位置関係や従前の利用状況等に照らせば、本件通路を通路として存続させる必要性のあることは一見して容易に分かることであり、かつ、実際にも、払下げの前後を通じてその利用状況には全く変化がなかったのであるから、本件通路を通路として存続させることを前提に、通路部分を含めた甲地及び丁地の払下げがなされたものとみざるをえないのである。しかも、乙地及び丙地にとり、本件通路が公道に出るための唯一の通路として日常生活上不可欠の存在となった昭和四九年以降も、猪股や被控訴人は、その事情を十分に知りつつ、控訴人らによる本件通路の通行を黙認していたばかりか、控訴人らに対し、積極的にその維持・管理費用等の負担を求めてもいる。

このような事情を基に考えるならば、通行の対価が支払われていないという事実があっても、なお、控訴人らと猪股及び被控訴人との間には、遅くとも昭和五三年ころまでに、乙地及び丙地を要役地とし、本件通路を承役地とする通行のための地役権が黙示的に設定され、甲地及び丁地の所有者は、乙地及び丙地の所有者に対し、本件通路を乙地及び丙地から北側指定道路に出るための通路として存続させるべき法律上の義務を負担するに至ったとみるのが合理的である(なお、右契約成立当時、控訴人加藤は乙地の共有持分権者であったが、要役地の持分権者は単独で地役権の設定契約を締結することができ、その場合、設定の効果は他の持分権者にも及ぶと解される。)。

(三) この点に関し、被控訴人は、猪股が甲地上の建物を東側へセットバックしないとわかっていれば、乙地上の控訴人加藤宅の玄関を本件通路側に移すことにも承知しなかった旨主張し、確かに、前記認定の事実によれば、被控訴人は、猪股が建物を東側へセットバックするなら、控訴人加藤宅の玄関を本件通路側に移設しても自分の所有する本件土地への制約は少なくて済むと考え、この点を重要視して右玄関の移設を承知したことがうかがわれる。

しかし、前記認定の事実関係のもとでは、仮に、控訴人加藤宅の玄関が西側に移されず、あるいは猪股が約束どおり甲地上の建物を東へ引っ込めたとしても、被控訴人は、丙地の居住者である控訴人清水との関係において、なお本件土地を通路として維持する義務を負い、本件土地の所有権に制約を受ける立場にあることに変わりはない。また、従前本件土地を通路として利用してきたキミや控訴人加藤において、猪股が約束に違反した途端に本件土地を通行できなくなるというのでは極めて不合理である。しかも、本件土地は、被控訴人が丁地を取得して以来三〇年以上もの長い間通路となっていたものであって、単に右玄関の移設という事実のみから、被控訴人に新たな通行受忍義務が生じたわけでもない。

したがって、控訴人らと被控訴人との間の法律関係につき黙示の通行地役権設定契約が成立した旨の前記判断は、猪股が甲地上の建物を東側へセットバックしなかった事実によっては何ら左右されるものではない。

三  控訴人らの本訴請求は権利の濫用にあたるか。

1  前記二の1で認定した事実によれば、なるほど、猪股が同人宅東側の通路を塞いだのは甲地を有効に使いたいという理由からであるが、甲地・乙地・丙地及び丁地の位置関係を踏まえると、甲地の有効利用という要請と乙地居住者の通行権確保という要請とを調和するためには、甲地及び丁地の双方が通路敷を提供している本件通路側を通路として生かそうという考え方もあながち不合理だったとは認め難いうえ、被控訴人が、本件通路の反対側(西側)については、丁地の境界線いっぱいにまで建物を建てていることと比較してみても、本件通路が乙地から公道へ通ずる唯一の通路になったことが猪股の都合によるからといって、控訴人加藤において本件土地に対する通行権を主張することが信義則に反するとは到底いえない。

また、丙地には、かつて本件通路以外にも公道へ通ずる西側の通路があり、それを塞いだのは丙地の所有者自身であるが、右通路は幅一メートルほどの狭い通路だったし、丙地上の建物の玄関はもともと本件通路側(東側)にあって、丙地の位置関係や右建物の構造上、丙地にとっては本件通路が公道への主要な通路だったということができる。したがって、かつて丙地から公道への通路が別に存在したことは、控訴人清水が本件土地に対する通行権を主張する妨げにはならないというべきである。

更に、被控訴人は、猪股が本件通路上の植木等を撤去したため、本件ブロック塀の設置の前後を通じて本件通路の実質的幅員は減少しておらず、控訴人らに不利益は生じていない旨主張する。しかし、被控訴人が本件ブロック塀を設置した時点で、右植木等は既に存在しており、本件ブロック塀の設置によって本件通路の幅員はいったん減少している。したがって、その後たまたま右植木等が撤去され、それにより通路の幅員が本件ブロック塀の設置前に復したからといって、設置の前後を通じて幅員に変化がなかったということはできず、それどころか、右のような主張は、第三者が通路上に設置した妨害物の存在及びその消滅を、一方的に通行権利者に不利に(通行受忍義務者に有利に)斟酌すべきことを求めるものであって、とても採用できない。

2  そして、《証拠省略》によれば、控訴人らは、もともと本件通路を主に徒歩で利用してきたものの、本件通路の幅は、本件ブロック塀設置前の約一・七一メートルでも日常生活上決して十分なものとはいえず、まして右設置後の約一・三一メートルでは、人が二人並んで立つのがやっとであって、傘や荷物を携帯しての通行、家具等の搬出入、乳母車や自転車等の使用には極めて不便であること、控訴人らは、本件ブロック塀が完成してから初めてその設置に文句を唱えたわけではなく、被控訴人に対し、設置工事の前にも工事中にも、民生委員や町内会会長などを交えて再三中止要請をしていたこと、それにもかかわらず、被控訴人が設置工事を強行したことが認められ、これに反し、控訴人らがいったんは本件ブロック塀の設置を了承した旨の原審における被控訴人の供述は信用できない。

また、控訴人らが本訴において、本件土地の使用に対する相当の対価を被控訴人に支払う姿勢を示していたことも当裁判所には顕著である。

3  他方、被控訴人は、覗きや盗難等に対する防犯のために本件ブロック塀を設置する必要があった旨主張し、原審及び当審においてかかる防犯の必要性を裏付けるような事件があった旨供述している。

しかし、被控訴人の右供述は、いずれも被控訴人自身の体験に基づくものではなく、同人の妻矢作キチから聞いた内容を供述したものにすぎず、それ自体あいまいであるうえ、仮に右供述に沿う事実が存在したとしても、本件ブロック塀を設置する以外に、控訴人らの通行権を侵害しない方法で盗難等の被害を防ぐ有効な手立てがなかったものとはどうしても認めることはできない。

また、《証拠省略》によれば、被控訴人が娘夫婦及び孫と同居していること、被控訴人宅は、本件通路に面する一階部分にガラス戸があり、通路から直接建物内に上がれるような構造になっていることが認められるものの、他方、猪股宅の本件通路に面する部分もガラス戸になっており(ただし、地面からの位置は高く、手すりがある。)、どちらにも雨戸があるなど、ひとり被控訴人方のみが特殊な環境に置かれているわけではないことが認められる。

4  以上のとおり、控訴人らの本訴請求をもって信義則に反する権利の行使であるということはできず、権利の濫用であるとの被控訴人の主張は理由がない。

四  囲繞地通行権の存在範囲について

なお、仮に通行地役権の黙示的な設定契約があったとまではいえないとしても、前記二の1で認定した事実によれば、控訴人らが本件土地を含む本件通路全体に囲繞地通行権を有していたことも明らかである。

被控訴人は、本件ブロック塀設置後においては、控訴人らの囲繞地通行権の範囲は、本件土地のうち本件ブロック塀の東側部分に限定されるべきである旨主張するが、いったん既存の通路に囲繞地通行権が成立した以上、それは袋地所有権の一内容をなし、その後はたとえ通路敷の所有者といえども排他的な使用収益を制限され、当該通路の幅員の縮小を求めることは、袋地の利用目的等に変更が生じたことにより袋地所有者のために従来どおりの幅員を維持すべき必要性がなくなったというような特段の事情が存在しない限り、許されないものと解すべきである。本件において、本件通路の幅員を縮小しなければならないほどの特段の事情がいまだ認められないことは、前記三で説示したとおりである。

したがって、いずれにせよ、控訴人らが本件土地につき通行権を有するとの結論に変わりはない。

五  結論

したがって、被控訴人は、控訴人らに対し、右通行権を不法に侵害する本件ブロック塀を収去すべき義務及び本件土地上に控訴人らの通行の妨げとなる一切の工作物その他の物を設置してはならない義務を負担しているというべきである。

よって、控訴人らの本訴請求はすべて理由がありこれを認容すべきものであるから、これと異なり控訴人らの本訴請求を一部棄却した原判決を主文第一項のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大澤巖 裁判官 萩本修 裁判官木下徹信は、転補のため署名捺印することができない。裁判長裁判官 大澤巖)

<以下省略>

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